« 何もしない | トップページ | 目の前 »

大切なこと

以前「心の算段」に三聖さん(現在の不識さん)から頂いたコメントです。

>いろいろな心が湧いてきますが、その心は、聞こえる音と同じでしかないと思います。

そうです。
音が耳に残ってないから、次の音が聞こえる。
思いが心に残ってないから、次の思いが出てこれる。
今さっきの考えは気持ちはと認識した時点で、もうそれら出たものは消えている。
あると思えているのは観念です。


>この方法で、いいのかなあ?と思ったら、その思い、その思いがわいている
「今の状態」を維持するのです。(井上さん)
>気持も、感覚も、「そのまま・あるがまま」にして下さい。
(井上さん)

いいたいことは、・・・
「心の状態を維持する」ように、「そのまま・あるがままに」するように、
これから、心を実体あるものと認識して、
「心」(心実物でなく概念に変換された観念化された心)に作業するんでないです。

そうしないよう気をつけたいんです。

手をつけないことです。
結果として。

何回も申し上げて、恐縮ですが、・・・
「そのまま・あるがまま」にしようとしたら、
そうでなくなってしまう。
「そのまま・あるがまま」であるというのは、・・・
自分が自分を「そのまま・あるがまま」と認識できていないことです。

つまり、
繰り返しですが、・・・
目の前に関わっていることです。
それが、本人「気付かないうちに」そういう状態維持になっておる。

ここまで

この15年間の誤りは

「心の状態を維持する」ように、「そのまま・あるがままに」するように、
これから、心を実体あるものと認識して、
「心」(心実物でなく概念に変換された観念化された心)に作業するんでないです。

これでした。

井上さんは、分かった者として話されます。
その話しを、そのまま自分に当てはめていたのが上記のことです。
それを延々としていたのです。

ですから、目の前です。注意は目の前のみです。
これで全て事足りると言うことです。

同じコメントから

三聖さん

それから・・・どうしなくとも、「今」です。
今にいるのに今を探し求めることは労多くて功なしです。

ここまで


目の前を認識出来ない人はいません

そのありきたりのことをすることです

|

« 何もしない | トップページ | 目の前 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/565902/61966018

この記事へのトラックバック一覧です: 大切なこと:

« 何もしない | トップページ | 目の前 »