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2013年8月

雲は流れ、木々が揺れる

数ヶ月前に、読ませさて頂いてから、

ふと、先日おじゃました「浜松で禅修行」さんのブログ

何気に読んでみると

同じことが書いてあるのですが、なんか、すんなり入るんです。

あ〜三聖さんが言われたことと同じことだな〜

と 思いながら。

関東の老師との談話 

Q.
それが邪魔してるだね。

A.
だけど、さっきの、聞いた言葉のほうを大事にしてるでしょ。実を、みんな、こうじゃない、

今ぶつかってるほうの事を捨てちゃって、ねえ。

関東の老師との談話(2) 

Q.
やっぱりね、言葉に、ちょっと騙されますね。

A.
みんなそうですよ。もう言葉、みんな、追うてるから。

言葉の前の、こうやってある様子が、みんな捨ててあるの。言葉を一生懸命聞いてる。

言葉の意味合いを一生懸命たずねてる。そんなことばっかりやってんですよね。

-ただいま-

確かに、頭の理解だけではあるのですが、なぜか、納得できてしまいます。

そうか、ここのところだな〜

と思って、

目の前の事実 を 生きるようにしないと と 。

・・・読み返してみて

目の前の事実 を 生きるようにしないと と。

よりも

すでに ある 目の前の事実 を 生きていることを

素直に・・・

ここの・・・には、ことばは 入りません。

言葉を超えた、何かと 思います。

と、思いました。

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その時の自分

前回の記事は「一生懸命」と書きました。

ただ、その時は、何かそんな感じがしたので、書いたのですが、

あまり意味はないようです。

この1週間は、お盆でゴタゴタして、なかなかでした。

「今」にいるように心がけています。

その時、その時の、自分。

今週からは、仕事も始まり、忙しいなりにも、規則正しい生活になりますので、

その時、その時の、自分を生きれるようにと思っています。

「浜松で禅修行」さんの記事に

「今を生きる」そんな記事がありましたので

貼っておきます。・・・最近は、「この道」のことは、あまりネットしませんが、

ふと目に付きました。

浜松の老師〜仏性

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一生懸命

日々を一生懸命生きる。

と書きましたが、なにも、真剣に、精一杯という意味ではありません。

テレビをダラ~と見ようと

勉強をしようと

何か、そう感じるだけです。

その時、その時に生きていることが、

一生懸命に生きている。

自分が一生懸命するのではないのですが。

なんか、こんなところを感じました。

なかなか、そう生きれませんが。

一生懸命に生きることではないです。

自分は、何しててもいいです。

それで一生懸命です。

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