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心の算段

分かったようで、分かってない。

いつのまにかやっている。

心の算段

「あ~この心が・・・」

「あ~この心を・・・」

でなく、

どうしても、どうか(お願いです)「今の身心の状態(本当のこと)」を生きて下さい。

(やさしい・しんらん予備校 井上さん)

いろいろな心が湧いてきますが、

その心は、聞こえる音と同じでしかないと思います。

この方法で、いいのかなあ?と思ったら、その思い、その思いがわいている

「今の状態」を維持するのです。

(井上さん)

湧いている、と、湧いているもの、に

その思いに気を取られるのではなく、自分の周りの、バイクの音

パソコンの音、いろいろな音と湧いてくる心は同じでしかないものと思うのです。

それを「この心・・・」と「我が心」を一番に考え、特別視していたようです。

気持も、感覚も、「そのまま・あるがまま」にして下さい。

(井上さん)

気持も、感覚も同じもの、同じレベルのものなのでしょう。

今まで、一番だと思って来た「この心」ですが、

外を走るバイクの音と同じレベルにしてしまうのです。

そのためには、今の自分、刻々と変化する、今の自分を

生きることでしょう。

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コメント

ただいまさんへ7/13

おっしゃるとおりなんですが、補足させてください。
よろしくお願いします。


>いろいろな心が湧いてきますが、その心は、聞こえる音と同じでしかないと思います。

そうです。
音が耳に残ってないから、次の音が聞こえる。
思いが心に残ってないから、次の思いが出てこれる。
今さっきの考えは気持ちはと認識した時点で、もうそれら出たものは消えている。
あると思えているのは観念です。


>この方法で、いいのかなあ?と思ったら、その思い、その思いがわいている
「今の状態」を維持するのです。(井上さん)
>気持も、感覚も、「そのまま・あるがまま」にして下さい。
(井上さん)

いいたいことは、・・・
「心の状態を維持する」ように、「そのまま・あるがままに」するように、
これから、心を実体あるものと認識して、
「心」(心実物でなく概念に変換された観念化された心)に作業するんでないです。

そうしないよう気をつけたいんです。

手をつけないことです。
結果として。

何回も申し上げて、恐縮ですが、・・・
「そのまま・あるがまま」にしようとしたら、
そうでなくなってしまう。
「そのまま・あるがまま」であるというのは、・・・
自分が自分を「そのまま・あるがまま」と認識できていないことです。

つまり、
繰り返しですが、・・・
目の前に関わっていることです。
それが、本人「気付かないうちに」そういう状態維持になっておる。


>・・・そのためには、今の自分、刻々と変化する、今の自分を生きることでしょう。

「心に用事なし」とは、
用事する心は変化してますから実体としてこれだつかめないですよということです。
算段する心は算段しようとしてもつかめないんです。
つかんだつもりになっているのは、心そのものでなく、心を言語に情報化した観念です。

自分や自分の心を実体あるものとして
作業の対象として認識し
作業・修行しない。

それから・・・どうしなくとも、「今」です。
今にいるのに今を探し求めることは労多くて功なしです。


よろしくおねがいします。

投稿: 三聖 | 2013年7月13日 (土) 19時04分

三聖さん コメントありがとうございます。

自分や自分の心を実体あるものとして
作業の対象として認識し
作業・修行しない。


それから・・・どうしなくとも、「今」です。
今にいるのに今を探し求めることは労多くて功なしです。

もう、何もすることはない。
音が何もしなくても聞こえるように。
心も勝手に湧いてくる。

そのまま、あるがまま
とは、音がそのままあるがままに聞こえるように。
そのまま、あるがままに聞こうとしなくても。
すでに、勝手に、そのまま、あるがままでしかないように

心も、勝手に、そのまま、あるがまま、になっている。
そうしようと思わなくても。

それが、今。

継続です。

投稿: ただいま | 2013年7月17日 (水) 13時25分

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