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2011年10月

1年

このブログを始めて1年が経ちました。

これまでをいろいろ検証したいと思いますが、

現在が確立されてない状態ですので、誤った判断を起こす可能性があります。

なので、もう少し変化があった時に検証して行きたいと思います。

ただ、この1年で何か変わったかと言われますと、

進んだとは思います。が、どの程度、どこまで・・・・

それが不明で、ヘドロで先の見えない海底を「進んだか?」と言われると

「進んだ」とは言える状況と同じです。

あと1mでヘドロから抜け出るかも知れませんが、まだまだ先があるかも知れません。

最近の状況は、まあまあと曖昧な状態です。

悪くはないですが、かと言って、そのまま変化なしです。

一日の「そのまま・あるがまま」の維持は60%くらいです。

やさしい・しんらん予備校 に

「悩みのもとである意識・認識・心の働きそのものにとらわれて、

その意識・認識・心の働きの外に一歩として出られないということでした。

つまり、心の働き自体が、心の働きの微妙で自在な活動に惑わされて、

そこから少しも出られず、心の働き・認識・意識の中にあって、

意識の内容だけを問題にし続けていたという事に気づいたのです。

そこで、わたしは、意識の内容など問題とせず、「なにもしない」ことに集中しました。」

ここの意味が長らくハッキリと分からなかったのですが、

いろいろと湧いてくる思い「こうやったら、これがいい、この方法か、このままじゃ、

分かった、そのままとは、ふむふむ、湧いてくる思いか、こりゃ応える、俺にはダメだ、

やる気しないな、旨いもの食べたいが、こんなでもええのか?、

こんな人に見せれない心が湧いてくるが、ため息だけだな~、素人より進んでるぞ、

このやり方か!認識とは?・・・・」

いろいろと湧いて来ますが、そして、ついついそこを弄り回してしまいますが、

どんな思いが湧こうと、「外に一歩出る」ことだけに集中することでした。

井上さん「この方法で、いいのかなあ?と思ったら、その思い、その思いがわいている

「今の状態」を維持するのです。」

この「今の状態」が思いの一歩先のことです。

井上さん「時の早さに負けないように集中して「これでいいんだ、これでいいんだ」と、なに

ものにも思いをとどめない状態の維持に一心に取り組んだのです」

この時の速さに負けない、思いの一歩先と言うことです。

井上さんは「時の最前線」とも言われます。

「前へ、前へ」とも言われます。

ここがなかなか分かりませんでした。

つべこべ言う奴(心)は一切無視して、とにかく、やることは一つ。

思いの一歩先、思いが自動的に湧いては消えていく、時の最前線を維持する

ことでした。

そこの感覚は、湧いてくる思いに手を付けずに、思いが「そのまま認識出来て、やがて流

れて認識出来なくなる」ところの感覚です。

ここを正確に判断するのでなく、とにかく間違っていようが進めることです。

思いが回転するところからとにかく動くことです。とにかくここでした。

これからは、まだ推測ですが・・・

「阿弥陀さんに助けてもらいたいと思う心も、阿弥陀さんから頂いたもの」

と言う言葉があります。

やる気一つ  とも言います。

インドの聖者ラーマクリシュナは「神を思う、この居ても立っても居られない心、

これがすべてだ」と言っています。

これらの心は、別の言い方をすれば、前へ前へ求める心です。

これが自動的に「思いの一歩先」なのだと思います。

ただ、日常に溺れて、そこまでなれない自分には、強制的に進めることが必要だったと

感じています。しかし、まだヘドロの中、どうなるやら分かりません。

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