« まだです | トップページ | 小舟に乗って、川の上で毬をつく »

人間の実相

宗教を語る時に、人は皆、自分の置かれている立場を忘れている。

と言うことが出来ます。

美味しいものを食べて、旅行をして・・・・健康に長生き。

また、いつまでもお幸せに!

なんてことも言います。

これは、自分の置かれている立場が分かっていないと。

生老病死。

人間の免れることのない現実です。

頭の中では分かっていても「そんな暗いことは言うなよ」なんてなります。

土曜日に名古屋へ向かう新幹線。

「そのまま・あるがまま」をやっていますと、自分の実相と言うものを感じれるようになりまし

た。

生きている誰にでもあるが、みんなそれに気が付かないで生きている。

生老病死も実相ではありますが、もっと身近な生の実相です。

インドの聖者ラマナマハリシが本の中で

「見るものと、見られるものと、心」と書いているのを読んだことがあります。

自分の体験からも「そうだよな」

花を見て、きれい!と心が湧く。

それが心の反応です。

それは随分前から感じてましたし、これを頭の中で感じるのはそれ程難しくないと

思います。

そのことが、そのまま自分全体で感じられたようで、自分の実相、人間の実相、

と感じました。

生老病死は頭の中の考えのことです。

が、自分が「今」「今」生きていて、私と思っている私とは・・・・・

周囲のものに止めどなく反応し、それを抱き込んで弄り回す。

そんな心を見ている、そんな心が存在している、そのところ。

この位置関係が、ハッキリとしました。

と言っても、湧いて来る心が気にならなくなった訳ではありません。

相変わらずの地獄絵です。

名古屋で、やさしい・しんらん予備校井上さんとお話し、

このことを話しますと「そこを継続しなさい」と言われました。

ラマナマハリシは「私は誰かを尋ねなさい」と言いますが、

その「私」、最初のエゴ、と言われる「私」が

この自分の実相なのかとも思っています。

実相では、もうそれで、そのままで、探すことも、求めることもありません。

生まれた時からあったところに気が付いただけです。

誰もが、そこで生きています。

継続です。

|

« まだです | トップページ | 小舟に乗って、川の上で毬をつく »

心と体」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/565902/51880743

この記事へのトラックバック一覧です: 人間の実相:

« まだです | トップページ | 小舟に乗って、川の上で毬をつく »