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2011年6月

力の抜き具合

小舟に乗って、川の上で毬をつく。

時の流れが川の流れです。

毬は、思い、煩悩です。

川の流れによって消えて行きます。

では、どうすれば良いのか。

川の流に乗らなければいけません。

サーフィンで、波に乗るように、乗ろうとしないと乗れません。

サーフィンでは、ボードにグッと乗り上がる力が必要です。

その努力と、乗り続ける努力。

波に負けない忍耐、恐怖との葛藤。

時の流れに乗るのはどうでしょうか。

すでに、乗っている。そのことに気付くだけです。

乗ろうとする努力はいりません。

乗ろうとする努力を止めるだけです。

止めることとは、どうすることかを理解することです。

この世に生まれて、努力、努力と教えられ、努力をして来ました。

助かりたい!  どうすれば・・・

その、助かりたい1つで良かった。

と言っても、私はまだまだです。

うんうんと唸って来ましたが、弄り回して来ましたが、

弄り回すのでないと理解しましたが・・・

体感として、弄り回してないとは、

そこを少し理解出来出しただけです。

まだ、ハッキリと書けるようなことがありませんが、

中途半端な、検証のない言葉です。

もう少し、続けてみます。

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小舟に乗って、川の上で毬をつく

ご無沙汰しております。

早い更新を目指しておりますが、心境に変化がない場合は書くことがありません。

更新が遅れている時には、「難儀しているな」と思って下さい。

本日のタイトル「小舟に乗って、川の上で毬をつく」は

やさしい・しんらん予備校井上さんと知り合いました当初から聞いておりました

言葉です。

よく書いております「頭の風通しを良くする」「線香の煙のように消えていく」

と同じような意味ではありますが、最近、この言葉の意味するものを感じかけております。

まだ自分の中に、公開するほどのものを感じておりませんので、

次回詳しく書けたらと思います。

読んで下さっている方も「小舟に乗って、川の上で毬をつく」

考えてみて下さい。

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人間の実相

宗教を語る時に、人は皆、自分の置かれている立場を忘れている。

と言うことが出来ます。

美味しいものを食べて、旅行をして・・・・健康に長生き。

また、いつまでもお幸せに!

なんてことも言います。

これは、自分の置かれている立場が分かっていないと。

生老病死。

人間の免れることのない現実です。

頭の中では分かっていても「そんな暗いことは言うなよ」なんてなります。

土曜日に名古屋へ向かう新幹線。

「そのまま・あるがまま」をやっていますと、自分の実相と言うものを感じれるようになりまし

た。

生きている誰にでもあるが、みんなそれに気が付かないで生きている。

生老病死も実相ではありますが、もっと身近な生の実相です。

インドの聖者ラマナマハリシが本の中で

「見るものと、見られるものと、心」と書いているのを読んだことがあります。

自分の体験からも「そうだよな」

花を見て、きれい!と心が湧く。

それが心の反応です。

それは随分前から感じてましたし、これを頭の中で感じるのはそれ程難しくないと

思います。

そのことが、そのまま自分全体で感じられたようで、自分の実相、人間の実相、

と感じました。

生老病死は頭の中の考えのことです。

が、自分が「今」「今」生きていて、私と思っている私とは・・・・・

周囲のものに止めどなく反応し、それを抱き込んで弄り回す。

そんな心を見ている、そんな心が存在している、そのところ。

この位置関係が、ハッキリとしました。

と言っても、湧いて来る心が気にならなくなった訳ではありません。

相変わらずの地獄絵です。

名古屋で、やさしい・しんらん予備校井上さんとお話し、

このことを話しますと「そこを継続しなさい」と言われました。

ラマナマハリシは「私は誰かを尋ねなさい」と言いますが、

その「私」、最初のエゴ、と言われる「私」が

この自分の実相なのかとも思っています。

実相では、もうそれで、そのままで、探すことも、求めることもありません。

生まれた時からあったところに気が付いただけです。

誰もが、そこで生きています。

継続です。

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まだです

井上さんは「頭の風通しの良い状態を、やろうと言う気もなく、忘れながらやれている」状

態になるようにと言われます。

が、今のところここまではまだまだのように思われます。

が、1つ乗り越えれば、一気に行ってしまうような感じもしています。

そんな感じでは、ブログを始めたころに書いたことが当てはまるようにも思います。

その頃と心境の違いはあると思いますが、「やる~!」と言う気力で言えば、

正直に書きますと、今の方が落ちていると思います。

ただ、あの状態が何か月も続くのかと言いますと、それも無理のように思います。

自分の中に、ここ1つ越えれば、の気持ちはあり、

徐々に近づいているようにも感じますが、

ここに記するほどのことがないのが今の状態です。

生煮えですね。

本日は、名古屋まで出掛けて井上さんとお話をして来る予定です。

早く一皮剝けたいです。

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