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ただのただ

やることは1つのみだが」に、

『「ただ向き合うしかない」鬱陶しい亭主さん

以前にも書きましたが、「向き合うしかない」のですが、その、それしかないことをするのが

しいものです。「向き合いたい」と思っても、向き合えないものです。

やることが1つしかないことが出来ないことが辛いものです。』と書いています。

前回のやさしい・しんらん予備校井上さんのメールは、まさにこの「やることは向き合うこと

みしかないと思っているのに、向き合うことが出来ない」

ことのヒントだったと思います。

『ただ』というところを本当に守る。井上さんのメールより

この「ただ」が難しいものです。

「ただとは?」と思っていると「ただ」ではありません。その思ってる心を観察する、井上さん

流に言えば、その心を今に乗せる。この「今」が「ただ」のことと思います。

泥沼に埋まった両足を抜こうと思っても、片足を抜けば、抜いた足がすぐに泥沼に埋まる

如く、煩悩はこびり付いて来ます。どこからともなく、いつのまにかこびり付いています。

これが「ただだ!」と思ってるその間にもこびり付きます。

自分で『やれた』という意識が残ってしまう。その為に悶々(もんもん)となるわけです。その

悶々という問題意識を問題意識そのものになってみる。井上さんのメールより

「やれた」自分が残ってこびり付いてしまうと、あの時のように、とか、どんな感じで出来た

んだろう、とか、こうだったかな。とか、どんどん湧き出てしまいます。

これでは「ただ」ではありません。

かと言って「やれた!」と思ってはいけないのでなく、「やれた!!」と思ったら、その思いを

その時、限りにすることです。その積もりになっていてもどこからともなく「あの時の感じ

で・・・」と煩悩がこびり付こうとして来ます。その時は問題意識そのもの「思い出そうとす

る、考えようとする???」この「???」をそのまま観察する、今に乗せて、そのものにな

ることで正しいポジションを維持すると言うことです。

正確には、正しいポジションを維持していれば自動的に「???」が観察され、乗せられ、

そのものになります。

では、どうすれば正しいポジション、煩悩と「向き合う」ことが出来るか?

これが問題です。

しかし、これでは、まさに泥沼両足状態です。

でも、「どうやって」・・・・・・

「どうやって」を観察します。正確には自動的に観察している。

です。

現在は、ここをやっています。

もう少し確実になれば書かせて頂きます。

季節柄飲み会が多く、嬉しいような、嬉しくないような気持ちです。

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